【疑問】英語教育ってそんなに必要か?

小学校の教員採用試験で、英語の有資格者に対し加点などの優遇措置を行うそうだ。
一部の教育委員会ではなく、7割近くの委員会で優遇の方針を検討しているようで、今後も義務教育に英語が占めるウェイトは上がるものと見ていいだろう。

僕は、以前より英語教育の必要性に疑問を感じている。

文科省のエラい人とか、教育熱心な親御さん、あるいは通勤途中にせっせと英単語の勉強をしているビジネスパーソンに「なんで英語の勉強が大事なのか」と問うたとしよう。
おそらく解答はこうだ。
グローバル化が進み、英語でのコミュニケーションが必要不可欠になるから。

これに対して、僕は疑問を投げかけたい。
その疑問は、「グローバル化=英語」という論理はあまりにも単純すぎるのではないか?というものだ。

そもそも、日本では英語教育が既に熱心に行われているのに、なぜ日本人は英語が話せないのだろうか?
答えは明白で、「日本での生活に英語は必要ないから」である。

言うまでもないが、現状日本で普通に生活していて英語を使うことなんてほとんどない。
関西にはアジア人が、東京には欧米人が大挙して押し寄せてきているし、コンビニやマクドナルドのバイトの兄ちゃんも外国人は増えている。
じゃあ英語でないとポテトの注文もできないのかと聞かれれば、そんなことはない。

「いや将来どうなるか分からないじゃん」という返事が来そうだが、いきなり英語でないと生活出来なくなる状況とは、具体的にどのような状態を指しているのだろうか?
そのあたりがイメージしづらいんだよねぇ…

最後にもうひとつ。

個人的には、グローバル社会で一番重要なのは英語じゃないと考えている。

最も重要なのは、「世界で通用する考え方」ではないか。
少し曖昧な表現だが、ガラパゴスな考え方では淘汰されちゃいますよ、って話だ。

言葉はあくまでツールでしかない。
バカが英語を話せるようになっても、英語を話すバカにランクアップするだけだ。

それに、世界中で通用する考え方ができれば、誰かが勝手に翻訳して世界に広めてくれる。
例えば、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスのインタビューなんて、頼んでもないのに和訳されて日本に入ってくるではないか。

英語を話すバカか、英語を話せない成功者、どちらになりたいだろうか。
グローバル化の本質は、国境という壁がなくなることなのである。

もちろん、英語が好きならどんどん勉強してかまわない。
だが、「グローバル化だから英語をやらなきゃ」というのは、少し短絡過ぎるのではないだろうか。

小学校教員採用、英語力で優遇 68教委中、42教委で

<概要>
2020年度から小学校で英語が正式な教科になることを前に、各地の教育委員会が英語力の高い人材の確保に力を入れている。
朝日新聞が小学校教員の採用を行う68教育委員会を対象にアンケートを実施したところ、42教委が今年度の採用で英語の能力を踏まえた加点や、試験の一部免除を行う方針だと答えた。
アンケートは6月、47都道府県と20政令指定市、大阪府から教職員の人事権を移譲された豊能地区の教委を対象に実施した。
それによると、英検やTOEICなどで一定のレベルを超える受験者について「加点を行う」と答えたのは埼玉県、三重県、山口県など計35教委。
大阪市は英検1級程度や中高の英語免許を持つ受験者を対象に1次選考(昨年は600満点)で90点、2次選考(同870満点)で30点を加える予定で、同市教委は「全国で最大級の加点」と語る。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170730-00000004-asahi-pol

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