「友愛の傘」が帰ってこないのなんて当たり前じゃん

話題のニュースより。

「友愛の傘」の話。
急に雨降った時に、駅から濡れずに帰るために無料で傘を貸してくれるシステムだ。

このニュース、結構話題にされてるらしいけど、こんなことでごちゃごちゃ言うこと自体理解できない

個人的に持ってる問題意識として、ほとんどの人が「ちゃんとした人なら返す」とか「民度が低い」みたいな”感情論”を持ってコメントしてるところかなぁ。

そうじゃないと思ってて、みんながそれなりに合理的な判断として「返していない」んだと僕は考えてる。

もしあなたが、返す時のことを考えてみよう

まず、傘を借りて(差して)持って帰る。

「駅に傘があって助かった〜、明日ちゃんと返そう!」と心に決めながら。

ここまでは、まぁいいだろう。

問題は次の日だ。

傘を返す日が晴れの日だった場合。

晴れてんのに、わざわざ傘なんて持っていくヤツなんかいるわけない。

手1本ふさがるのがどれだけメンドくさいか。
仮にカバンと傘持ってたら、もうスマホもロクに取り出せない

そんな状況を善意(?)という感情で、自分から作り出す人間が多かったら、そっちの方が怖いと感じるけどなぁ。

じゃあ、次の日が雨の日だったとしよう。

ここでも傘をわざわざ2本も持っていくような、マゾな人もそんなにいないだろう。

カバンやスマホはどうしよう?

カバンなんか持っていくな、スマホなんか取り出すなって?

そんなバカな、傘のひとつ返すだけで、そんなことになるなんて。

めんどくさいったらありゃしない、そうだ、家に置いとこう。

ってなことで

まぁ「借りたものは返す」ってのは当然の理論で、おそらく(僕を含め)ほとんどの人がそう教えられて育ってきたものだと思う。

でも”返す”という行動の前提にあるのって、「義務」や「メリット」があるからなんだよね。

お金は返さなきゃ裁判になるし、物の貸し借りなら人間関係がこわれちゃうから。

でも、「友愛の傘」は返さなくても、基本的に誰も傷つかない仕組みになっている。
(厳密には寄贈元の方々が損をしているが、そこまで考えて傘を借りている人は少ないと思う。)

じゃあどうすんの、って話だけど、僕は基本的にこのままでいいと考えてます。

まず、借りたやつに「返せ返せ」と、民度(のようなもの)や意識を上げようとするのは意味ないかと。

なぜなら、みんな「返さないといけない」ことぐらい知ってるから。
その上で、みんな「返さない」という判断をしているんです。

何より、自分の思い通りに誰かをコントロールしないといけない、という考え自体、あまり上手く行く可能性が高くないのでは、と感じるし。

なら、どうするか。

それは単純で、社会全体が変われば良い

個人的に良さそうだと思うのは、あえて社会全体に「余剰」を作ってやること。

そして、駅以外の機関や場所でも「友愛の傘と」同じような仕組みを作ること。

まず開き直って、保存期間を過ぎた忘れ物の傘も使っちゃいましょう。
(ブランド物や名前入りは、どうするかなぁ〜)

さらに、傘メーカーや業者に毎年大量発注もかけちゃいましょう。

そうすればメーカーや取次から、有利な条件を引き出せると思うので、傘の単価は下がる。

さらに、毎年毎年傘が大量に社会に出回れば、傘の価値はさらに下がる。

それでも、傘を大量投入し続けましょう。

社会に傘をダブつかせる

すると、車でいう「乗り捨て」みたいなことが、社会全体でスタンダードになると思います。
簡易版シェアリングエコノミー的な。

行く先々で、傘立てに置き傘が大量にあるのです。

「利用者」と「拠点(駅)」間での返却は無くなりますが、他の人が駅に傘を置いて行くので、問題ない。

これで「民度」やら「善意」やらを気にすることも無くなるでしょ。笑

最後に

ワーワー言いましたけど、「友愛の傘」の仕組みはすごくいいものだと思う。

天気ってほんと気まぐれなもんで、予想してない雨なんか降られると、それだけで身動き取れなくなっちゃう。

「何か」がないと「行きたいところ」に行けない、というのは、インターネット的な考えではないと思う。

そういう状態を解決するために、経済や技術・社会が発展してきたんじゃないでしょうか。

以上、駄文失礼しました。

無料貸し出し12万本 なぜか戻らず

<概要>
名古屋市営地下鉄が乗客に無料で傘を貸し出す「友愛の傘」。

今月54年を迎えた取り組みで、これまで寄付された12万本以上の傘が備えられたが、返却されることはほとんどない。
善意の循環を前提とする仕組みだが、利用者のマナーは改善されず、地下鉄の全85駅の傘立ては、ほぼ空の状態が続いている。

名古屋市中区の地下鉄金山駅では、中改札口と南改札口の間、階段の脇にひっそりと傘立てが置かれている。
乗降客が気に留める様子はなく、通学中の男子高校生(17)は「ここに傘があるのを見たことがない」と話す。

「友愛の傘」は1962年11月、市交通局に地下街の連合会から傘3000本の寄贈を受けて始まった。

各駅に傘立てを設けて返却場所を限定しないことで、多くの人が雨にぬれずに済むことができる仕組みだ。

傘は全て寄付で賄っており、市交通局はこれまで10人以上の個人と企業など40団体から計12万7874本を譲り受けた。

毎年、数百~数千本の寄贈を受け、傘立てに備えるが、数日で空になる。
傘立ては折れるなどした傘のごみ箱として、使われるケースも目立つという。

ニュースサイトで読む
http://mainichi.jp/articles/20161119/k00/00e/040/286000c#csidxbd8da4282ab11d594657c85e2e1d33b
Copyright 毎日新聞

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。