(いまさら)学校ってオワコンだよね。

同じ年代、同じ地域の人、つまり「同じような人達」で集まって。
同じ服を着て、同じ勉強をし、同じ空間で生活する。

まぁ言ってみれば軍隊だよね。
これって、子供が将来ホワイトカラーの労働者になることを前提にしてるんじゃないか、ってカリキュラム。

記憶力なんてぶっちゃけ使う機会ほとんどないし、ググったら一発だし。
(そもそも記憶力って育つのか?)

学校なんか行かなくたって、好きなことを好きな人と、好きなだけ学べる場があればいいと思います。
文化も考えも、もちろん教育も、もっと自由であっていい。

今でも、例えばMOOCなどで、ハーバード大学の授業なんかを無料で視聴できたりしますね。
ってなれば、わざわざ東大とか京大とか、勉強のためなら行く意味ねーじゃん、ってなるわけです。
(さすがに全ての授業ではないですが)
http://moocs.blog.jp/edx/howtouse-iphone-app.html

学校という枠の中ですらこんな自由なことができるんで、他の会社やら団体とコラボすればもっと自由になれると思います。

そういう意味で、学校教育というもの自体が曲がり角に来ているのかもしれません。

以上、駄文失礼しました。

日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している

<概要>
多くの日本人は勘違いしているのだが、物を覚えるというのと、考えることができるというのは別のものだ。

・覚える
・考える

この2つは似ているようで、まったく違う。
覚えるというのは、世の中の原理原則を覚え、歴史を覚え、仕組みなどを記憶するというものだ。

しかし、「覚える」というのは単なる基本であり、本来はそこからさらに飛躍しなければならない。
それが「考える」というものだ。

学校が物を覚えさせる場所であるというのは誰でも知っている。

しかし、考えさせているのだろうか。

日本の教育は、構造的に「覚えさせても、考えさせない」という教育になっている。
覚えさせても、考えさせないのである。「考える」という部分を軽視している。

なぜか。それは、学校が何のためにあるのかを考えれば理解できるかもしれない。
学校とは、社会で通用する人間を作り出すところだからだ。
日本で「社会に通用する」というのは、サラリーマンになれるということでもある。

http://www.bllackz.com/mobile/contents.php?mode=content&f=20140116T1554000900

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