謝罪ってそんなに大事なのか?-北海道 男児置き去り事件

連日、ニュースやワイドショーを賑わせたこの事件。
日本のテレビだけでなく、世界中で報道され、ネット上でもいろんな噂が飛び交ってました。
無事保護された、、、まではいいものの、当の父親が取材に応じたことに対して思ったことを書いてみる。

私も全編見たわけではないですが、お父さん、顔出しして取材に応じ、謝罪してました。

テレビ見て感じた人も多いかと思うけど、、、「そこまでする必要があるのか?」

最近どうも、謝罪に関してフォーカスしすぎる風潮があるんじゃないか?と感じている。

そもそも、こういった会見的な”謝罪”は極めて形式的な、儀式的な行為である。

基本的には「何も生まない」のだ。だから、そこにフォーカスする意味はない、と私は考えている。

よほど謎に包まれた事件であれば、話は別だ。理由をしっかりと確認したい、という社会的意義もある。

だが、今回の件を含め、多くの事件はそうではないだろう。

確かに、今回の父親の”しつけ”は行き過ぎたものだ。多くの人に迷惑をかけたし、そこを擁護する気はない。

しかし、タレントでもないのに、わざわざ顔を出して、謝罪をするほどのことなのだろうか?という疑問は拭えない。
(取材に応じた経緯はまだ不明だが、、、)

”表に出てきて立派だ”とか”顔を晒して謝って偉い”とするコメントが目立つことに、正直ぞっとしている。

この親子の人生は当然今後も続くわけで、リスクを考えれば全く割に合わない。

”損得じゃない”という意見もあるだろうが、それは違う。このリスクを軽視して、将来一番大変な目に会うかもしれないのは、置き去りにされた子供なのだ。

日本の”世間”のレベルを考えると、こういった謝罪は必ずしもプラスにはならないと思うが、、、考えすぎなのだろうか?

以上、駄文失礼しました。

北海道の男児置き去り事件 父から「辛い思いさせてごめん」に発見された男児は…

<概要>
5月28日に北海道七飯町の山林で父親に置き去りにされた田野岡大和君(7、北斗市)が6月3日朝に無事発見された問題で、父の貴之さん(44)は3日正午すぎ、取材に応じて男児の様子などを語った。

報道陣の取材に貴之さんは「皆さまにご迷惑をおかけし、深くおわびいたします。皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです」と周囲に謝罪した。
大和君は3日午前、搬送先の函館市立函館病院で家族と再会。
父親が「とてもつらい思いをさせて、本当にごめんな」と声をかけると、大和君は「うん」とうなずいたという。

NHKによると、貴之さんは、山の中に子どもを置き去りにしたことについて、「愛情込めて育ててきましたし、今回、このようなことになるとは思っていませんでした。息子のことを思ってしたんですが、行き過ぎだったと深く反省しています」とも話した。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/03/hokkaido-missing-boy-was-found_n_10274282.html

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